大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成5年(ワ)6388号 判決

原告

甲田太郎

右訴訟代理人弁護士

片山俊一

被告

株式会社日本旅行

右代表者代表取締役

諸隅嘉一

右訴訟代理人弁護士

塚口正男

田渕謙二

西野弘一

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し金一〇〇八万九五一六円及びこれに対する平成五年五月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告が原告を懲戒解雇したところ、原告が、右懲戒解雇は、無効であり、即時解雇としての効力を有すると主張して、解雇予告手当と退職金の支払を請求する事案である。

一  争いのない事実

1  被告は、旅行取次等を業とする会社であり、原告との間で、昭和四六年四月一日雇用契約を締結し、原告を被告関西営業本部団体推進部団体二部係長副参事として業務に従事させていた。

2(一)  原告は、平成五年一月ころまでに顧客である来馬三郎より集金したハワイ旅行代金中、一〇〇万円(以下「本件一〇〇万円」という。)を被告に入金しなかった。

(二)  被告は、社内規定で、社員がJRのエコノミー切符を個人に対して掛け売りすることを禁止していた。

被告は、同月一四日、知人(大学の先輩)に対し、二二一万五三〇〇円相当のJRのエコノミー切符(新幹線回数券。以下「本件切符」という。)を掛け売りしたが、右社内規定があったため、被告に対してタカラスタンダード株式会社(以下「訴外会社」という。)に対して売却した旨の虚偽の報告をした。

(三)  被告の就業規則は、「会社の金銭を窃取又は横領し会社に重大な損害を与えたとき」(一〇七条一〇号)、「JR券及びクーポン類を故意に不正発売をし、会社に重大な損害を与えたとき」(同条一四号)を懲戒解雇事由と定めている。

3  原告は、同年三月一七日、被告に対し、2(一)の一〇〇万円及び2(二)の二二一万五三〇〇円の計三二一万五三〇〇円を入金した。

4  被告は、原告について就業規則一〇七条一〇号、同条一四号所定の懲戒解雇事由があったとして、平成五年三月三一日原告を懲戒解雇(以下「本件懲戒解雇」という。)した。

二  原告の主張

1  原告の行為は懲戒解雇事由に当たらない。

(一) 原告は、本件一〇〇万円を他の顧客の未収金の支払に充て、その後、前記のように、右一〇〇万円を被告に入金したのであるから、被告に重大な損害を与えていない。

(二) 本件切符の発売が被告の社内規定に違反するとはいえ、原告は、前記のように、その代金を集金し被告に入金したのであるから、被告に重大な損害を与えていない。

2  本件懲戒解雇は、解雇権の濫用に当たり、無効である。

本件懲戒解雇は、過去の処分事例と比較して均衡を失し、原告の職場規律違反の程度、原告の営業成績が優秀であったことなど、その他の事情に照らしても重きに失する。

また、被告は、従来から営業成績のノルマ達成のため営業所ぐるみでJR券クーポン券を金券ショップで売却するなどの行為をしており、このことを考慮しても、本件切符の販売を理由に原告を懲戒解雇するのは、重きに失する。

3  したがって、本件懲戒解雇は、無効であり、即時解雇としての効力を有するにすぎないのであるから、原告は、被告に対し解雇予告手当五一万五一一六円及び退職金九五七万四四〇〇円(基本給二五万六〇〇〇円×勤続二二年の支給率三七・四)の計一〇〇八万九五一六円の支払及びこれに対する退職日から三〇日を経過した後である平成五年五月一日より支払済みまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める。

二(ママ) 被告の主張

1  本件懲戒解雇は、就業規則所定の懲戒解雇事由に基づくものである。すなわち、原告は、一〇〇万円を私的に費消して横領したのであるから、右行為は、就業規則一〇七条一〇号所定の懲戒解雇事由に該当し、原告の本件切符の不正販売行為は、同条一四号所定の懲戒解雇事由に該当する。

2  本件懲戒解雇は、解雇権の濫用とはいえない。

(一) 被告は、旅行会社という業務の性質上、社員が顧客から旅行代金など多額の金員を頻繁に預かるのであるから、右横領行為は、職員管理、職場規律の維持に重大な悪影響を及ぼすばかりでなく、被告に対する顧客の信頼を著しく損なうものである。

また、本件切符の不正発売も、職場規律に著しく違反し、被告の信用を害するものである。

(二) 被告においては、同種の不正行為について、被害弁償がされた事案でも、懲戒解雇とした例が過去多数あり、本件懲戒解雇が他の事例と均衡を失することもない。

(三) したがって、これらの行為を理由に原告を懲戒解雇することは、客観的にも合理的な理由があり、社会的にも是認し得ることが明らかである。

3  以上によれば、本件懲戒解雇は有効であり、被告は、その就業規則(賃金規程)において、懲戒解雇をされた者に対しては退職金を支払わない旨を定めていたのであるから(同規程八二条二項)、原告の退職金支払請求は理由がなく、解雇予告手当支払請求も理由がないことが明らかである。

三  主たる争点

本件懲戒解雇の効力

四  証拠

記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する(略)。

第三争点に対する判断

一  当事者間に争いのない事実並びに(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、平成四年一二月ころ被告の顧客である来馬三郎から集金したハワイ旅行代金中本件一〇〇万円を被告に入金せず、費消して領得した。

2  原告は、被告の社内規定において、被告従業員がJRのエコノミー切符を個人に対して掛け売りすることが禁止されていたにもかかわらず、平成五年一月一四日、知人に対し、本件切符を二二一万五三〇〇円で掛け売りした上、右規定に違反することを隠すため、同月二九日、被告に対し、未収金申請書を提出して(〈証拠略〉)、被告の顧客である訴外会社に右切符を売却したが、同社から右代金を受領していない旨の虚偽の報告をした。

3  被告は、未収金の調査から、原告の担当する右1、2の入金がないことに気付き、同年三月一七日、原告から事情聴取した。原告は、当初、来馬から本件一〇〇万円を受け取っていないし、また、訴外会社に本件切符を販売したが、その代金の支払を受けていない旨主張して、右1、2の事実を否認したが、被告経理部長鍵谷らの追及を受け、結局、右1、2の事実を認めて、自認書(〈証拠略〉)と題する書面を作成した。

4  原告は、被告の求めに応じて、同月一八日右一〇〇万円と二二一万五三〇〇円の合計三三一万五三〇〇円を被告に入金した。

二  原告は、一1の一〇〇万円を費消して領得したものではなく、自分が担当した被告の他の顧客に対する未収金の弁済に充てた旨を主張し、原告本人尋問の結果中にはこれに沿う供述部分がある。

しかし、原告がその全文を自分で記載した(証拠略)には、右一〇〇万円を集金して着服した旨の記載があること、(証拠略)作成の際、被告側が原告に対して暴行や強迫をしたことを認めるに足りる証拠がないこと、原告は、右一〇〇万円を充当した未収金債権の内容を特定主張していない上、その本人尋問中でも、これを弁済に充てた顧客名を覚えていないと供述するなどその供述にはあいまいな点があり、しかも、他の顧客に対する未収債権は、本来、その顧客から回収した金員をその弁済に充てるべき筋合いのものであることからすると、来馬から預かった旅行代金を他の顧客に対する未収金の弁済に充てたという供述自体、不自然であるといわざるを得ず、結局、原告の右供述の合理性には疑問があること、本件一〇〇万円を他の顧客の未収金債権に充当したことを認めるに足りる客観的な証拠の提出もないこと、被告従業員が顧客から旅行代金を受領した場合、被告の支店控え、顧客用など複写式の四枚一組の領収書を使用し、顧客用の一枚を顧客に交付し、その余の三枚を被告に提出する取扱いであったところ、原告は、右一〇〇万円についてはこのような正規の領収書を使用せず、他の顧客から旅行代金を預かった際、顧客に交付せず手元に残した顧客用領収書用紙を使用して領収書を作成して来馬に交付し、被告にその控えを提出せず、原告が右一〇〇万円を受領したことを被告に知らせないような処理をしたことなどの点に照らすと、原告の右供述は採用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三  右認定の事実によれば、原告の一1の行為は、就業規則一〇七条一〇号所定の懲戒解雇事由である「会社の金銭を横領し会社に重大な損害を与えたとき」に当たり、一2の行為は、「JR券及びクーポン類を故意に不正発売をし、会社に重大な損害を与えたとき」に当たるのであるから、本件懲戒解雇は就業規則所定の懲戒解雇事由に基づくものであるというべきである。

四  被告は、原告の一1、2の行為が会社に重大な損害を与えるものではない旨を主張し、原告が右各行為の発覚後、本件一〇〇万円と本件切符代金二二一万五三〇〇円を被告に入金したことは前記のとおりである。

しかし、原告の一1の行為は、被告の所有に属する一〇〇万円という多額の金員を費消し領得したもので、それ自体被告に重大な財産上の損害を与えるものである。しかも、被告は、旅行会社であり、その従業員が顧客から旅行代金など多額の金員を預かることが多く、このような預り金を適正に管理することが顧客からの信頼を保持し、職場規律を維持する上で極めて重要であることからすると、原告の右横領行為は、被告に対する顧客の信頼を著しく損ない、職場規律に著しく違反する行為であるというべきであり、したがって、右一〇〇万円が右行為の発覚後被告に入金されたとしても、被告に重大な損害を与えるものというべきである。

また、原告の一2の行為も、社内規定に違反するばかりでなく、右社内規定に違反する行為をしたことを隠すため、被告に対し、顧客である訴外会社が、右切符を買っていないにもかかわらず、これを購入してその代金二二一万五〇〇〇円の支払をしていないという事実に反する報告をしていたのであるから、右行為は、職場規律に著しく違反するばかりでなく、顧客の被告に対する信頼を著しく損なう行為であるというべきであり、したがって、その代金が右行為の発覚後被告に入金されたとしても、被告に重大な損害を与えるものというべきである。

したがって、原告の右主張は採用できない。

五  原告は、最後に、本件懲戒解雇は、過去の処分事例と比較して均衡を失し、原告の職場規律違反の程度、原告の営業成績が優秀であったことなど、その他の事情に照らしても重きに失し、解雇権の濫用である旨を主張するので、この点について判断する。

1  原告が、右行為の発覚後、被告に対し、右一〇〇万円と本件切符代金額を入金したことは前判示のとおりであり、(証拠・人証略)及び弁論の全趣旨によれば、被告の営業所において、いわゆる金券ショップに対してJR発行のエコノミー切符を販売したことがあること、被告が、金銭上の不正行為を行った従業員中、昭和六〇年から昭和六二年ころまでに三名、平成四年三月ころ一名について、いずれも自己都合退職とした例のあること、原告の従前の営業成績が良好であったこと、が認められる。

2  しかし、原告の一1、2の行為が被告の職場規律に著しく違反し、被告に対する顧客の信頼を著しく損なうものであり、被告に重大な損害を与えるものであることは、四で判示したとおりであること、被告は、平成元年以降、その従業員が顧客から集金した旅行代金を横領した事案少なくとも一三例について、右従業員を懲戒解雇したが、右一三例中七例については横領額全額について被害弁償がされており、その他の事案でもその一部が返済されていること(〈証拠・人証略〉)、自己都合退職の右四名については、不正行為の態様、被害額など事案の詳細が明らかでなく、本件事案と同様の懲戒処分がなされるべき事案であったとは認めるに足りないこと、被告の営業所において金券ショップに対してJR発行のエコノミー切符を販売した事実も、原告の一2の行為のように右切符を購入していない顧客について未収金があるかのような虚偽の処理をしたものとは認められず、原告の右の行為と同一に論ずることはできないことなどの点を考え併せると、1の点をもって、本件懲戒解雇が、他の処分例と比較して均衡を失するものとは認められないし、職場規律違反の内容、程度など本件における諸般の事情に照らしても重きに失するものとはいえない。

したがって、本件懲戒解雇が、解雇権の濫用に当たるものとは認められず、ほかにこれを認めるに足りる事情の立証もない。

六  以上によれば、本件懲戒解雇は有効であると解すべきところ、被告は、その就業規則において、懲戒解雇された者に対しては退職金を支払わない旨を定めていたのであるから(就業規則八二条、賃金規程八二条二項。〈証拠略〉)、原告の本件退職金支払請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がないものというべきであり、また、原告の本件解雇予告手当支払請求も理由のないことが明らかである。

(裁判官 大竹たかし)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例